​「誰かの論理より、自分の直感を信じられる人になれ」







 

 

 

 

 

 

 

 


 誰かがするなって言ってもする事ってあるよね。デスロード「死の道」だ。ボリビアに行く前に唯一知っていた事だ。それは、ボリビアに行く前に外務省のサイトに行ってボリビアについての事を知りたかったから。外務省のサイトにはボリビアへ渡航する人への注意点が書いてあった。読んでいると、こんな事が書かれていた。


 ユンガス地方に向かう未舗装の旧道を利用した自転車の山下りツアーが主催されています。同ツアーは、十分な安全確保がなされていないことに加え、狭く岩の多い悪路の片側はガードレールすらない断崖絶壁であることから、2011年5月の邦人参加者の死亡を含め、毎年死傷者が出ており、大変危険です。同ツアーには参加しないことを強くお勧めします。



 わかりやすく言うと、「死ぬ可能性あるから参加するな」って事だね。ボリビアに着いて、僕はホステルに泊まった。そこには旅行代理店があって、「世界で一番危険な道」と書かれているポスターを見つけた。「やった!」僕は思った。日本政府に見つかる前に、保証に関する権利を放棄する紙にサインして、参加費用を払ったんだ。「死の道」は約20キロに渡るガケを自転車で走るんだ。チャレンジな事は大好物。旅行代理店の人が2枚の自転車の写真を見せてくれた。一つの自転車は前にサスペンションがついている。もう一台には前後にサスペンションがついている。もちろん前後のサスペンションの自転車を選んだ。そんなに違わないと思うが、その時は何の根拠もないが、少し安全だと感じた。当日は青いミニバンが迎えにきて車の上には6台自転車が積まれていた。その青いミニバンには3人のガイドと5人の勇者が乗っていた。覚えてる?「FEAR」はFALSE EVIDENCE APPEARING REAL. (間違った根拠で実際に起きそうだと見える)ドキドキを抑えて、車に乗り込んだ。もう後戻りはできない。30分くらい走ると綺麗な湖が見えた。湖のほとりでガイドが今回の「死の道」に挑む勇者6名に今回の無謀なチャレンジについて説明するという。湖について、車から降りるとすぐ、「私が先頭を走る。」と車の上に乗っている自転車を指した。顔は真剣だった。そんなに危ないのかと思った。そして、隣のガイドを指さして、「彼がカメラマンだ。」と紹介した。カメラマンの顔も真剣だ。ニコリともしない。「そして、あいつは何かあった時の為に僕らの後ろをついてくる。」と車の運転席に座っているおっさんを指した。「何かあった時の為ってなんだよ?」と心の中で思った。「以上だ。」と言った後、ガイドは自転車を下ろし始めた。勇者達は誰も何もいわない。ガイドが「自転車に乗ってテストランをしてくれ。」と自転車を渡し始めた。

「前後のサスペンションの自転車選んだ人は誰だ?」僕は手をあげた。僕しか手をあげていない。他のやつらは「死の道」を舐めてるな。僕はその自転車を受け取って、自転車にまたがり、乗りごごちを試した。なかなかのクッションだ。さすが前後のサスペンションがついているだけの事はある。ギアもチェック。あれ?ギアが下がらないし、上がらない。21段ギアなんだが。やり方が間違っているのか。そういえば、前後のブレーキも日本とは逆だ。ギアを見ると、小さな物が挟まっている。コーラのキャップみたいだ。もう一人の勇者に「なんか挟まってる。」と伝えると、「ガイドに言った方がいいな。」と。ガイドの方を見ると、「こうだよ。こう。見て!違う。こう!」と自転車の乗り方を教えてるのかと思ったら、両手を脇の下にあてて一生懸命モンキーダンスを教えている。さっきのガイドの真剣な顔はなんだったんだ。僕は「コーラのキャップがギアに挟まってる。ギアが変えられない。」と叫んだ。すると、「言い忘れた。その自転車、壊れているんだ。ギアは変えないようにね。」僕は頭の中で叫んだ。「なんで、高い方の前後にサスペンションがある自転車を選んだと思ってるんだ!安心できる自転車を選びたかったからだろ!これから「死の道」に挑むんだぞ!」僕は何度も叫んだ。するとガイドが、「君、ジャッキーチェンに似てるね。」最近、カラテキッドを映画で見たんだろう。僕がジャッキーチェンなら、もうお前の事とっくにぶっ飛ばしているよ。「死の道」に挑む前に一波乱だ。そんなこんなして、やっと、不具合な自転車に納得し、ペダルを漕ぎ始めた。すぐに、下り坂になり、皆、快適に飛ばして行く。風が気持ちいい。僕はもちろん両手をいつでもブレーキがかけられるように準備している。それは左側は崖で一つのハンドル操作を間違うと奈落の底に真っ逆さまだからだ。崖を下っていると鷹がすぐ僕の他なりで飛んでいる。真っ正面には滝がある。ビチャビチャになりながら、前進。前から大きなバスが来た。道いっぱいに広がるバスを、僕らは崖側に移動し、バスが目の前を通り過ぎていくのを待つ。4時間も崖を下っていた。誰がこの道は世界で一番危険な道だと言った?僕は生きて戻ってきた。自分の命の安全をどう判断して確保するかを考える目が大切だ。

1/1