2017年FPのテーマは「ルーツ」

「本」という字は、草木の根(ルーツ)という意味があるそうです。

本気、本音、本能、本質……,

「本」で、FPに取り組んだ娘に、根が少しつきました。

「本」で、娘と向き合い、私は、新しい価値観と出会えました。

 

  思春期になり、娘が、キルケゴールの死に至る病にかかりました。

「生きる意味は何か?」ともがき、学校も辞めました。そんな娘を、どうして普通にできないのか、学校にいってくれないのかと、私は、娘を 仮面顔貌、ふて寝という、方法で責めました。北風戦法です。そしたら、過敏な娘は、ますます、動けなくなりました。私や学校に洗脳されたといい、フツフツと溜まっていたマグマが爆発し、心の叫びを 壁中に殴りがしきました。どんな子も、学校を辞めたい子なんていない!行けない原因があるんだ。と、知りました。

 

娘は、寿司屋でバイトをすることを自分で決めました。どんなに気分が悪くても、休まずに行きます。自分で決めた事なら、やり通せるんだと、みせてくれました。

 

表現することに命を削る娘は、エッセイ、プレゼンテーションの課題があるとパニックになるまで、自分を追い込みます。FPのエッセイの課題も、七転八倒して書き上げました。大嫌いだと思っていたエッセイを、娘は、書き上げたあとの爽快感が、好きだと言いました。

今日は、学校の面接があったのですが、もじもじ君の娘が「VOICEで話せた。受験は面白かった」と言ってました。伝えたい事があるということが、大切なんだと気付きました。

 

FPサマーキャンプでは、「存在する」という目標を立てていました。

自分から、参加者の仲間に声をかけ、ジュニアスタッフとしてやれる事を見つけたそうです。写真の真は心身を写すと言いますが、キャンプ中の写真は、どれも生き生きしていました。緊張し、不安になった時、「存在できた」という体験が、娘を乗り越えさせてくれると、信じれるようになりました。キャンプの後、もっと視野を広げるために、学校に行きたいと言いました。感情が行動させ、行動が進む方向を教えてくれるという事を知りました。

 

屋久島に1人で、トレッキングに行きました。自分で計画を立て、食料や着替えを準備していました。必要性があったら、計画も立てられるんですね。恐怖心を抱え、一歩一歩進んだ冒険。「やるっきゃない」の連発。冒険は、自分の底力を出し、自分に自信つけてくれました。

楽しいことは快適ゾーンの外にあり、成長させてくれる機会だと

確信しました。

 

タイムリミットを守る事が苦手だった娘。なんで守る必要があるのか?待ってる人がいるから……理由がわかったら、出来るのですね。

 

FPワンダーフォーゲルに行く時、準備しないといけない物は何かと尋ねたら、今瀬先生は「行ってみて、必要だと思ったものを、揃えていけばいいですよ」と言いました。娘は、バイトでお金を貯め、アライのテントを購入しました。自分が、必要だと感じて、自分で選んで、自分の気にいったものを買う。そういうのもいいなーと思いました。

 

私が、言えないこと、気がつかないことを言ってくれた人からも、力をもらいました。例えば……

 

娘:「エリン先生から、アクティビティをやってと言われたんだけれど, 出来ないと言ったの。そしたら、どうしたら出来る?って言うから、ホームステイの子と一緒なら出来るって答えたんだ。」

 

私:「 先生、お借りするテントを、疲れて行けないから私に代わりにとりに行ってと言うんです」

先生:「 自分のことでしょ と、それだけ言ってください」

私:「自分のことでしょ」

娘は、すくっと立ち上がり、無言で、テントをとりに向かいました。

 

私:「お寺に行って修行をするとか、北海道で、住み込みで働くと言うんだよー」と愚痴ったら、

知人:「 娘さん、行きたいところがいっぱいあってあって、いいわねー」

私:「新聞奨学生になって、生活費を稼ぎながら、学校に行く。Wの挑戦をするなんていうんだよー」

知人:「 そういう環境は、学びの場になるのかもしれないねー」

 

(富士山の下山を、1時間半でしなけれれば、バスに間に合わないため

娘と2人、山姥走りをしている途中)

娘:「お母さん、大丈夫?」と私に声をかけ、私の前を走っていました。あれ?いつ、追い越されたんだろう?気遣ってもらってる?

夫に話すと、「お前の仕事がある事を考えて、遅れたらいけないと思って、走ったんだろうな。」

 

悩んでぐしょぐしょになり、スタックする娘を嘆いたら「悩んだら、いけないんですか?」と言われたこともありました。そうか、悩んだって、怒ったて、いいのかもしれませんね。

 

私が娘の事を話す時、いつも「それは、誰の考え?」と聞く方がいました。そう言われると私は、娘ではないのに、わかったかのように言った事が、恥ずかしく感じました。スティーブ先生も、6月のカンファレンスで、「それは、子供の課題です。お母さんの課題ではないのです」と言っていました。私は、私を悩ます原因は、娘の心の癖、娘のせいだと、責めていましたが、それは違います。娘の心の癖が出ると、それに反応しキーーーーーとなる、私の癖が出るのです。

悩むのは、私自身の問題でなのです。

 

FPは、自分の魅力を引き出す機会を与えてくれる場所でした。「子供を信じる」ではなく「子供を信じられる自分を信じる」事が大事だと言われましたが、やっと、本当に、やっとわかりました。どれだけの人に助けてもらい、娘に力をもらったかと思っていましたが、娘が力を持っていたということにも気がつきました。

 

FPって、どんなことするのと聞かれることがありました。1年やって、自分の言葉で話せます。自分が体験したことだから、話せるのかもしれません。

 

私も、まだまだ、成長過程中。メタモルフォーゼ、脱皮してます。

 

2018年、私は、コミットします。

 

「子供を信じられる自分を信じる。娘が自分で決めたことを、やり遂げられるよう見守りつづける。」ということを………

 

さあ、いよいよ2018年の開幕です。^_^

「2017年のテーマは「ルーツ」です。2018年に向けて、君は何を残して、何を持っていきますか。」

 

私は今、必ず良い方向に向かっている。今過ごしているこの時間は伏流水のように一見何も変化がないように見えるが、私は今この瞬間も本来の自分にどんどん近づいている。確実に近づいている。私と宇宙は一体だから宇宙は然るべき時に然るべきことを私に運んできてくれる。だからきっと大丈夫。

 

この考えこそが私のルーツだ。

 

私にとってルーツとは、自分が余裕をなくしたとき、不安でいっぱいのとき、目標に向かって頑張っているとき どんなときであろうと そこに立ち返ることで生き生きとしてくる自分自身の信条だ。何を信じているかということこそがその人そのものであると思っている。

 

私は自分のルーツについて非常に悩んでいた。小さい頃から転々と引越しを繰り返し新しい環境にうつりゆく度に自分をその環境に合わせた。そんな自分をカメレオンとか根無し草とよく呼んでいた。しかし、ここ一年で私が感じたのはルーツとは自分がどこの国の人間かとか、祖先がこういう人だったとか前世はこうでしたとかそういうことだけではないような気がしてきた。 こう思えるようになったのには長い経緯がある。

 

昨秋私は、学校を辞めると決めた。担任の先生にどうして辞めるのと聞かれ私は咄嗟に「ここにいても私のやりたいことは見つからないと感じたからです」と言い放った。別に学校が悪いと言いたいわけではない。だけれど、私はいざ学校に行かなくなると、自分の支柱がガタガタとジェンガのように崩れてく感覚に苛まれた。学校を辞める以前あれほど望んでいた自由な時間も目の前にポン!はいどうぞ、と差し出されるとどうしたらいいものかわからず戸惑った。持て余している時間を有効に使えていない自分に無性に腹が立った。一方で度々こうも考えた。時間を有効に使うとは一体どういうことなのだろう?今の時間は全て無駄…ということなのか?この疑問は私の中でしばらく止まって離れなかった。

 

将来のことを思いわずらう。焦慮の念に駆られる。他人との劣等感からさらに負の気持ちが加速する。これは私の落ち込みパターンのうちの頻出ランキングベストスリーに入るパターンだ。一旦この落ち込みモードに入るとなかなか抜けられなくなる。なぜなら過去の自分を掘り返して今の自分と比べ始めるからだ。「ああ、なぜ過去の私は良かったのに今の自分はこんなダメダメなのだ。いつからこんな風になったのだ。どうして今は、うまくいかないのだ。」落ち込みモードから抜け出した後、我に返って冷静になれると「いやそもそも古き良き昔の自分っていつの話をしているのだろう。」と思えた。ここから私のルーツ探しが手探りで始まったのだと思う。 そもそも古き良き昔の自分とはいつだろうという問いの答えを見つけるべくまず中学高校の自分。

 

比較的最近の自分の日々を回想してみる。毎日新しい課題が出されてそれをただ熟すためだけに一生懸命になっている自分がまずまぶたの裏に映る。スケジュール帳は1日の予定と宿題の計画でびっしり埋まっている。でも大体その完璧なスケジュール通りにいかないから提出期限ギリギリでわめいて暴れている自分。昨日まで悪口を私に言ってきていた子が次の日にはその悪口を言っていた相手と仲良くなっていることに驚く自分。そして高校生になると突如(私の中では唐突だった)「将来」や「進路」という単語を毎日耳にする。十年後二十年後なんて今決めたらつまらないし、そもそもわかるはずないじゃんと思いつつもそういうことを言うと計画性がない変な奴だと思われるのではじゃないかとビビって言えない自分。他人と自分を比較して気づいたら自分の事がすっかりわからなくってしまっていた。いや確実に自分の中でちらつくあの多少美化されている過去の自分像はこの時の自分ではないな。

 

先日頭の中で松任谷由美の『やさしさに包まれたなら』の初めの部分、「小さい頃は神様がいて、不思議に夢を叶えてくれた」が頭で流れた。これまでのこの歌詞に特に何かを感じたことはなかったがこの時はとても意味のある言葉に思えてきた。古き良き時代の私はきっと自然と自分の直感と気持ちを信じることが夢の実現につながることを知っていてそれを無意識に実行していた時の私のことだ、と思った。近頃私は将来自分がワクワクするようなことをしたい。早くそれを見つけたいと思っていた。だから、やりたいことをリストにたくさんやりたいことを書いた。しかし、書いてしまうと満足してしまうからなのか一度もやりたいことリストのやりたいことを実際やったことがない。試したものも幾つかあるが続かない。続かない自分をなんて飽きっぽい人間なのだと苛立っていた。

 

しかし、案外情熱というのは 楽しいことやワクワクすることではないのかもしれない。楽しいという字は楽と書くが、情熱とは楽なことでは得られない充実感。楽しいというよりかはやりきったこと、自分が力を出し切れたことからくる爽快な気持ちを得られるようなものなのではないだろうか。やりたいというよりかやらずにはいられない。と思ってしまう事柄なのではないかと思う。情熱をそういう風に捉えるとこれまで自分を責めていた気持ちが収まった。話はまた『やさしさに包まれたなら』に戻るが、歌の続きに「目にうつる全てのことがメッセージ」という詞がある。情熱ということが自分にとって違う意味に捉えられるようになったことも、多くの小さな気づきの積み重ねから生まれた。

 

これを皮切りに考えると、この一年は本当に目にうつる全てのこと、なぜか心に引っかかることから沢山のメッセージを受け取ってきた。 機織りでは、縦と横の糸を折り合わせると一枚の布ができて、そこから服が出来るということを発見した。時間をかけて誰かを想いながら作品を織るっていいなと思った。無茶食いをしたことで、他のストレス解消法を見つけようと思えた。お寺に行ってお経を読むと頭がすっきりすることを知って、座禅をすると呼吸が整って心が落ち着くことを知った。 屋久島の雨と生物に出会って自然はすごいな、と自分の無力さを感じる一方で 生きるために必死になった時の底力と強さを感じて、少し自分を信じようと思える。夜の孤独に打ちひしがれて、人って一人じゃ生きられないのだな。私は、どれくらいの人に支えられているのだろうと思いふける。サンフランシスコに行った時英語で自分の気持ちを伝えられて、英語をやっていたのはこのためだったのかなと思えた。 寿司屋でのアルバイトでありがとうって言われると私っていくらでも頑張れるなと思う。

 

私は自分のことばかり考えていたけど働いている人に話しかけてもらって、こんな 私のことを見ていてくれていたのか。とか、大丈夫っていう言葉意外にも、弱っている時かけられると嬉しい言葉ってあるのだなって思う。 FPを通して改めて人と自分は違うのだなと思う。自分の問題と他人の問題は切り離して考えつつも仲間であり続けるっていいなって思う。総じて一番大きく感じたのは自分が生きているということ。毎日の生活は繰り返しのようで発見がたくさんあった。毎日が新しい朝。起きて着替えてちゃんとご飯を食べて寝る。体のリズムを整える。こんなことどうでもいいと思っていた。見失ってできなくなってボロボロになって意識して初めてわかった。

 

"自分を大事にしてあげよう。"

 

こういう気づきがいっぱいあった一年だった。そしてこんなにいろんなことを感じた今年は無駄ではなかったと思う。よかった。ほらね、やっぱり全てに意味があった。

 

私のルーツは、私が自分と向き合って初めて思い出せたものだ。忘れないようにもう一度。私は今、必ず良い方向に向かっている。今過ごしているこの時間は伏流水のように一見何も変化がないように見えるが、私は今この瞬間も本来の自分にどんどん近づいている。確実に近づいている。私と宇宙は一体だから宇宙は然るべき時に然るべきことを私に運んできてくれる。だからきっと大丈夫。

中山親子の2017年の振り返り

屋久島ひとり旅2017