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  • Erin Stallings

子育てを豊かにする教育のお話:PLAN BはPLAN Aよりエキサイティングにすべし

結論:最初の計画がダメになった時は、それに変わる計画は、当初の計画と似てもにつかないエキサイティングなものにする。

2020年、コロナでアメリカでサマーキャンプを開催することができませんでした。その代わりに中山道526kmを3週間で野宿をしながら踏破しました。

2021年の夏もアメリカでサマーキャンプを開催することができませんでした。

でも、「レモンをレモネードに変えること」にコミット!

成長過程中の7名がいました。今年は、Way Findersとして彼らにチャレンジしました。

FP Way Finders 舞台は東海道五十三次492キロです。

究極のセルフサイエンス「自己を科学する」機会でした。

自分の中の普段見えている景色を見ながらも、まだ見えていない「自分への景色」も見られる機会でした。

7名の生徒たちはその「自分への景色」に魅了されていました。

3週間という期間を仲間たちと東海道を野宿しながら歩むのは一生に一度の経験でしょう。歩んだものしかわからない経験でしょう。汗、冷や汗、鼻水と鼻血、そして涙。出てくるのは、まだまだあります。普段の甘え、普段の周りや自分との関わり方など、そして、まだ足を踏み入れていない新しい「自分の成長の領域」が出てきます。

今回のグループが安全にゴールできたのは、安全を作りながら歩み続けたらからです。

「ラッキーだったから」と決して運が良かったからではありません。

「自分を知ることはお祝い」

肯定的じゃない自分、課題がある自分を知ることも含めて、素敵な自分を知ることは何よりも素晴らしいこと。

子供たちは、自己肯定感を高める、自信を持たせる「自分」をよく知りません。自分を知らないから、なかなか自分で育んでいけない。自分を知ることは、自身で、大きな自己肯定感を高めたり、自尊心を育んでいくことができます。

しかし、普段、どれくらいの意識を自分に向けているでしょうか。普段、どれくらい自分の成長に目を向けているでしょうか。普段、どれくらい、「なりたい自分」を目指しているでしょうか。

勉強など、自分以外に目を向け、自分以外のことを学び続けていると、内省的知能は育まれません。自分に関して以外の知識が増えていく一方で、自分に関してはあまり知らないという子は多くありません。もちろん、勉強も大切ですが、それ以上に、自分の成長に目を向け、挑み、自分について学ぶことは、子供時代から育んでいく必要があります。それは、勉強も含め、社交面や、感情面での成長に大きく影響があるからです。

東海道はWay Findersが唯一無二の経験をする最高なステージ

ステージ1「まずは100キロ」

普段はあまりみない足の箇所。まずは、そこからの痛みに耐えながらの100キロです。毎日変化していく水ぶくれやマメに目を向けました。

100キロを超えたら、水膨れも潰れたり、自然に治ったり、体が痛みに慣れていきます。また、野宿にも慣れ、道端に座って食事することにも慣れていきます。痛みに慣れるのに200キロかかった生徒もいました。

この最初の数日間で出てくるのは、無意識な普段の自分たちの態度でした。普段、自分と周りとどう関わっているか。良い関わり方ができている生徒もいれば、そうでない生徒もいました。

ステージ2「普段の自分とつながる」

100キロ超えた後くらいから、体の痛みにも慣れ、歩きながら、普段の生活や、学校生活、抱えている悩み、そういった内容の会話が徐々に増えていきました。

すでに1日30キロ歩くことはチャレンジではなくなってきました。

仲間達だから、さらけ出せる自分。仲間達同志で意見がぶつかったり、気持ちがぶつかっていても、実際には、相手とではなく、自分自身とぶつかっている場合がほとんどです。自分の課題とぶつかっている。その自分とぶつかることを仲間達を通してすることができる素晴らしさがありました。

ステージ3「未知なる自分の領域へのチャレンジ」

リーダーシッププログラムの開始です。バタフライチャレンジ!生徒たち2人が選ばれ、グループをリードしていきます。全責任はその二人に委ねられます。リーダーシッププログラムを通して、セルフサイエンス(自己科学)ができるように、リーダーやリーダーシップがどういったものかという議論します。

生徒たちのリーダーやリーダシップに関しての知識はまだ少なく、「今日は僕がリーダーで、明日は君」のような役回りで回ってくるようなリーダーの話をしていました。単に「決める権限を持っているだけのリーダー」です。基本的にはスケジュールなどを決めていくだけの役です。

信念や信条は決定していくことに反映されておらず、また、考え抜いてもいないので、思いつきや、考えついた事をグループに伝えているから、他の生徒たちの思いつきや考えで覆されることが多々ありました。ほとんどのリーダー達が「考え抜いていません」でした。また、リーダーたちからは、責任を他の誰かに委ねたい思いが見え隠れしていました。

リーダーたちが他の仲間達と同じ景色を見てしまっています。だから、常に「決めるだけ」の役回りになっている。例えば、コンビニに到着したら、邪魔にならないようにバッグが置けるところを見にいったり、野宿スポットであれば、その公園の中でもベストな場所を見つけに偵察にいったり、小さなことではありますが、リーダーは2倍も3倍も汗をかかなくてはなりません。同じ景色をみていてはならない。目指す景色を見せる必要があります。

安全に30キロ歩くことは簡単なことではありません。休憩時間、ランドリー、銭湯、天気、各生徒たちの体調、交通状態、道の状態、優先順位が変わるだけで、その日に大きく影響が出ます。まず、驚くかもしれませんが、道を渡ることができません。左右確認だけではダメです。前方からの右折、後方からの左折。グループの前と後の距離、交通状況を瞬時に判断し、ドライバーに合図を送って、道を安全に渡りますが、一人で渡るのと、グループで渡るのは、決して同じではありません。

「パニッくったら、判断ができないことがわかった」とある生徒が振り返りのミーティーングで話しました。

グループが安心できない状況ににいる時、私の喝が何度か入ります。

「自転車!」「歩行者」「一列!」と伝言ゲームのようにグループみんなで声を出しますが、これは、決して自分たちが怪我をしないようにではなく、自転車の人たち、歩行者の人たちが、私たちや、私たちが背負うバッグに当たって怪我をしないように声を出し続けます。

本当のバタフライチャレンジは1回目ではなく、2回目です。

1回目で、自分の現状を自分で知り、できることばかりではなく、できていないことも受け入れる。そして、大切なのは、「まだ、できていなくても良い」そもそも経験不足なのですから、備わっていないものばかりです。意識だって芽生えていません。周りから建設的なアドバイスをもらい、2日目に挑戦です。見えたのは、リーダー達の改善点へのコミットメント。これだけでも大きく動きが変わりました。

でも、どのリーダーからも「仲間達の命を守りたいという強い思い」が伝わってきませんでした。

バタフライチャレンジが終わった時、どのペアも、喜びの大きなハイタッチの音が聞こえてこない。

仲間達にはない、リーダー二人だけの喜びや空気感がない。

バタフライチャレンジは、生徒たちは経験したことがないレベルで、自分を見つめることができる。

リーダーとしての自分だけではなく、「素の自分」です。

とにかくバタフライチャレンジはきついです。忍耐と体力が必要となります。

実際に大変なのは、リーダーの二人ではなく、率いられている仲間たち。仲間達も必要な助言以外はリーダーに任せる。基本、私も口出しはしないものの、グループに負荷がかかりすぎてしまう前に、助言をしなくてはなりません。日程が変わったり、グループの健康状態に影響が出たり、踏破できないのであれば、本末転倒です。

今回の冒険の最大で最高のご褒美が17日のコミュニティーで箱根の旧東海道を歩く10キロでした。

これは、私の中でも想定外の成長の機会となりました。

参加者の名簿はないので、生徒たちも何名、どんな人たちが参加するか伝えることができませんでした。

当日は、多くの保護者の方々も参加して頂き、低学年のFPの生徒たちや兄弟たちも参加してくれました。

リーダーに選ばれた2人を中心に、これまでのバタフライチャレンジの様子で、お互いの適材適所を決めて17日に挑みました。みんなが声が出ています。参加者にどんな日にしたいかを伝え、啓がそれを分かり易い声でエコーします。一人の生徒は真ん中に陣取って前後の声を拾い上げて伝え続けます。もう一人は、水が足りなくならないように4Lの水を持ちながら、列を前後します。もう一人はスイーパーに徹して、後方のグループの安全を守ります。そして最後の一人は足の怪我をしましたが、途中から復帰し、列を前後し、スタッフのバランスを確認し続けます。危ない箇所は、子供たちの手をにぎり、体を呈して守ります。

実際に道を歩いてみると、石畳の箇所ばかりでばなく、歩道のない国道を歩かなければなりませんでしたし、何度も道も渡る必要がありました。

7名みんながリーダーでした。

「みんなの命を守りたい」という気持ちが声に乗っていました。安心安全を単なるキャッチフレーズのように使うのではなく、心から「参加者の安全、自分たちの安全を守りたい」という声でした。彼らの信念、ボイスが育まれていく瞬間でした。

箱根湯本に到着した時、赤い橋の上で、みんなのハイタッチの音が聞こえてきました!みんなを守り抜いて、カッコよくて、自分たちを誇りに思う瞬間でした。みんなが輝いていました。「それだよそれ!」

ステージ4:振り返りとお祝い

まだまだスキルを磨いている生徒、ソロの振り返りの時間に日記に、気持ちや考えが忘れないようにCapture the moment (瞬間を捉える)にエネルギーを注いでいる生徒、最後の4日間は毎日歩く距離を20キロに落としたので、距離的には楽ですが、苦しい20キロの4日間でした。梅雨も明け、日中は到底外を歩けない気温でした。今までずっと30キロ以上を歩いてきて生徒たちにとっては、まったく問題もない距離です。しかし、長い休憩を入れることによって、疲れが出始めました。その中で、まだまだ「今の自分」と向き合わなくてはならない生徒たち。みんなで、WAY FINDERSへの思い、惜しみなく振り返りました。何度もこの道中をハイライトすることで、記憶から薄くなっても、気持ちには刻まれていきます。

1日30キロ歩きながら、

ゴキブリも出るような寝床で野宿しながら、

お互いの健康を労りながら、

銭湯に入って汗を流しながら、

湖を背に、涙を流して、気持ちを吐露しながら、

知らない人たちから差し入れを頂きながら、

ヒルと格闘しながら、

野宿はロマン

ドキドキしながら野宿。橋の下から始まった野宿。今回はどの物件も最高!コンビニ近、トイレあり、銭湯近、レイクビュー、夜景、星空が見えるスポット、テーブル、椅子設置済み、部屋だと南向きや北向きがありますが、私たちにとっては、風向きが良い物件の条件の一つ!また、ゴキブリのルームメイトもいたり、最高な野宿でした。特に、芦ノ湖に2泊した時の夕焼け、そして、芦ノ湖からみる富士山は今でも目に焼きついています。

そして、

7月21日、14:00 ゴールまで残り8キロまで来ました。

品川宿の辺りで最後のみんなへの課題です。

「Way Findersとは?」をみんなで定義をする

「自分の小さな強さに気づいた」

「気づいているけど目を背けている自分」

「どんな人になりたいかを忘れていた」

「笑顔でいたい。堂々としていたい」

「普段の自分がおかしくなっている」

「やっていることより、あきらめていることの方が多い」

「あまりいいところがみつからない」

「信念がなかった。耳を傾けていなかったのか、そもそもないのか」

「なんとかしてない。なんとかなるさで生活してしまっている」

「聞けない。聞き方を忘れてしまっている。それは悲しいことだと思う」

「自分に違和感がある。冒険に出てみてやっときがついた」

「どんな日にしたいかやっときがつけた」

「この15年間良かった!」

「人生の振り返りができた」

「15年間ずっと頑張ってきた。でも、自分をほめたことがなかった。褒められたこともなかった」

「俺15年間頑張ってきたんだ。区切りをつけることができた」

「自分を褒めるのはまだ難しい。まだやり方わからないけど、自分が歩んできたから。

「どんだけ頑張ってきたか知っている」

「共感できる奴がいないと思っていたけど、共感できる奴いるじゃん。俺がいるじゃん!」

「生きてるからこそ感じる大きな穴。充実した時にしか感じられないもの、これは何だろうと改めて感じた」

真摯に親身に向き合う仲間達。

話がまとまらなかったので、私がみんなに聞いたのは、

「何を一番しただろうか。」

WAY FINDERSとは、「考え抜いて、「今までの自分とこれからの自分」に辿り着く人たち」だそうです。

このカッコの中には色々な言葉が入りました。でも、7人が出した言葉です。とっても抽象的ですが、

具体的な冒険話は各自によって違います。

そして、FINISH STRONGへ

ゴール手前8キロ。ゴール予定時刻まで2時間半。

ミーティングが少し長くなってしまいました。

コースタイムでは十分に間に合う時間ですが、なにせ10キロ以上の荷物を背負い、休憩を取りながらでないと熱中症になる暑さです。

7月1日に三条大橋を出た7人のWAY FIDNERSは、7月21日17:00 に

皆さんが準備してくださったゴールテープを無事に切りました。

皆さんの応援で、WAY FINDERSのみんなは、人生で2度ないかけがえのない冒険に出ることができました。

不安な日々も過ごされたかと思いますが、7名が安全にゴールできたこと、本当に嬉しく思います。子供たちはコミュニティーで育ちます。コミュニティーの持つ偉大なエネルギーに感動いたしました。

冒険は続きます。

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