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Erin Stallings

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エ

ギフティッド教育:「Meeting the Social and Emotional Needs of Gifted and Talented Children ギフティッドチルドレンのソーシャル・エモーショナルニーズを満たす」

一度聞いてもよくわからないかもしれません。しかし、これがギフティッド教育の根幹となる感情知性を育む必要性を説明した言葉です。

2014年に第1回ギフティッド教育カンファレンスを開いた時、私はギフティッドの生徒たちについて、そして、ギフティッド教育について本当に知ってもらいたいこと、一番大切なことを伝えてたくて、迷わず、Emotional Intelligence 感情知性と Social-Emotional Skillsをテーマに選びました。

要するに、自分が存在するコミュニティーの文化の下、先輩後輩の関係、一緒に活動している仲間たち、安心できるクラスメートたち、耳が痛いことも言ってくれるメンターなど、みんながそれぞれのベストの望む関係の中で、ギフティッドの子供たち自身が普段の気持ちを共有し、問題があれば解決に取り組み、自分のため、周りのため、自分が存在する家、コミュニティー、世界のために、アドボケイターとなり続けるプロセスのことを指します。

このソーシャルエモーショナルスキルを育むにはカリキュラムの中に組み込まれていなくてはなりません。または、その学校やコミュニティーの文化になっていなくてはなりません。それは、蜘蛛の巣を何枚も重ねたようなサポートシステムでなくてはなりません。

ギフティッドを教える先生たちは、よく、ギフティッドの子供たちを色々な言い方で説明しますが、クラスルームの中で、感じることは、“They get it – 彼らはわかる“ ということ。抽象的な物事の意図を読み取り、ニュアンスを読み取り、皮肉、ユーモアなど、彼らの多角的な視点で、感受性をもって、表も裏も理解する感じです。 “They get it – 彼らはわかる”

しかし、彼らも「わからない」「知らない」ということがあります。それは、とっても複雑な彼ら自身のことです。そして、成長とともに大切にしていきたい自分の価値観です。そして、自分自身の価値です。

ギフティッドの子供たちが全ての答えを持ち合わせていない時、これは、ギフティッドたちにとっては恐怖となりえます。

よく、ギフティッドの子供たちは自尊心をみながら、育つことは大変難しいと言われています。それはなぜでしょうか?よく面談をして、保護者に言われることがあります。「うちの子は自尊心がなくて、自信もない、どうやったら育ちますか」と。なぜ、自尊心や自信がないのでしょうか。

まず、私たちがギフティッドの子供たちについて理解しなくてはならないことが幾つかあります。

1. 凄いと言われても自尊心や自信は育むことはできない。周りから見ると、「小さいのに、こんな事ができて凄いね」と、高度なこと、年齢以上のことができたとしても、本人たちからすると、それはそんなに凄いことではないんです。そして、その「凄い」という言葉に多くのギフティッドの子供たちは苦しめられます。全てにおいて凄いと言われなくてはならないのかと。将来は凄い人になって、凄い偉業を達成しなくてはならないのかと。

2. できることをしていても自尊心や自信を育むことができない。「同じ馬の絵を描く子」と説明することがあります。できることだけをしている子。「 Fixed mind – 才能は生まれ持ったものだから、今、現時点で、できないのであれば、これからもできることはない」という思考。だから、もしかしたら、育っているのは、「Unjustified self-esteem 現実が伴っていない自尊心」かもしれません。

3. 自尊心や自信を持つ前に子供たちが育まなければならいことがあります。多くのギフティッドは自分に過度に高い期待を持っています。また、周りからすると、大したことではないと感じるかもしれませんが、失敗した時、自分が何もできなかった時、「許せない」と自分のことを思うかもしれません。そのギフティッドの子供はその自分を尊敬できるのでしょうか。愛することができるのでしょうか。

大切なことは、自尊心や自信の前に、自分を知ること。「そもそも、自尊心や自信を持つ、この自分という人はいったい誰なんだ?」ということ。そして、「自分はこういう人で、こんな素晴らしいところがあって、そして、まだまだ課題のところもあって、それでも私ってイイネ」と自分を受け入れるという心です。自分は成長過程中なんですと、声を大にして言えることです。

以前こんなことがありました。いじめに遭った子が転校してきました。「僕はいじめられていたんだ。そして、その子の靴を学校の外に投げたんだ。それが、とっても暴力的に思えて僕は自分を許せなかったんだ」その思いを受け止めてくれる仲間たちがいました。その気持ちだけではなく、持ち続けていた彼の気持ちを理解する仲間たちがいました。そして、涙ながらに「今の自分になるのを助けてくれてありがとう」と仲間たちに話していました。それが全てでした。自分の事を知り、そして、受け入れた瞬間でした。その後、彼は、勉強面、社交面、感情面で、大きく成長していきました。そして、確固たる自尊心や揺るぎない自信を得ていきました。

「When gifted is not figuring it all out. ギフティッドの子どもたちが全てを悟っていない時?」

自分の好きなとこは?最近成長したところは?自分の人生のミッションは?自分の課題は?自分の快適ゾーンの広さは?自分のことに関してはよく知らない子が多いです。 「自尊心と自信は、自分を探求した後に、そして自分にハイタッチした後にやってくる」

ギフティッドの子供たちは、正義感の強い子が多いです。そして、とてもセンシティブな子が多いですよね。みんなが気がつかないところに気づいてしまう観察力と、見えないものまで見えてしまう洞察力がある。物事、人の非常に細かいところまで気がついています。

世界で起きている事件、災難、悲しい事故を聞いたり、目にしたりすると、ギフティッドの多くは、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。それは、私たちが想像している以上の衝撃です。また、普段、学校で、不誠実、理不尽、いじめ、それを目の当たりにした時、激怒し、激しく心が傷つき、悲しみ、ショックを受けるでしょう。

そして、色々な感情が湧き上がってくるでしょう。心の中で拳を振り上げるでしょう。その振り上げた拳はどうして良いのかわからない場合もあるでしょう。自分のことのように親身となって立ち向かうでしょう。それは、何日にも渡って胸につかえているものだろし、なぜ、自分はその状況をなんとかよくできないか悩み続けるかもしれません。

何よりも「気持ち」を大切にしているギフティッドはいじめを見たら、許すことができないでしょう。激怒するでしょう。

しかし、普段から「誰からも理解されていない」と感じていれば、その気持ちに対して、行動を起こさないかもしれません。諦めるかもしれない。「言ったところで変わることは何もない」と。「いじめている子に言ったところで、やめないかもしれない」と。

「私は何もできない」と helpless-無力と感じる子も多いです。そして、自分に期待が高いほど、そのhelpless-無力と強く感じるでしょう。

ギフティッドの子は言う子かもしれません。「生徒主導のいじめ撲滅週間を作る、いじめ撲滅運動を学校で取り組みたい」と。しかし、大切なのは、行動の大きさではなく、一緒に考える「Act small – 小さな行動」です。

「今から、明日から何ができるだろう?」一緒に考えてあげてください。「僕はこれを大切にしたい」と自作のポスターをクラスに貼ってもいいと思います。担任に手紙を書くこともできます。いじめている子と話すことでもいいです。いじめに遭っている子と話すことでもいいです。

この時、大切なことは、「変える」ということがゴールではないということ。自分の気持ちを伝えること。自分の立場を明確にすること。これがとても大切です。生徒生活指導もしていたので、こういった生徒とのやりとりは沢山ありました。

「言うことが大切。伝えることが大切。自分が本当に大切だと思う価値が強くなる機会。その価値は絶対に失くしたくないものですよ。」

私たちが理解しなくてならないこと。それは、「正義感が強い」ことと、「自分の立場を主張する」ことと、「勇敢に行動する」ことは同じではないこと。 ギフティッドの生徒は、自分の「ボイス」を持てるように育んでいかなければなりません。 ボイスとは自分の価値観や信条に反映されて出てきた「あなただけ」のもの。経験を通して得た「あなただけ」の意見です。私のボイスが強くなるとき、それは、Authentic(本物)な経験をしている時です。それを自分なりに向き合って、「自分のもの」となった時、ボイスが強くなります。

周りは、”Loud and proud  – 声を大きく誇りを持って”や “your voice matters – あなたの意見は貴重だ” のようなフレーズをかけ、応援することができます。

「ボイスは育んでいくもので、また、君のボイスは大切なんだよ」と教えてあげます。 だから、ギフティッドの子供たちが背負っている悩み、思い、考え、目を見て、お互いに腹を割って話す仲間たちはいるだろうか。

一緒に頭を抱えて考えてくれる人はいるだろうか。

行動にどうやったら移せるか、手とり足とりコーチしてくれる人はいるだろうか。 そして、「気持ちに忠実であれ」と背中を押してくれる人はいるだろうか。 全ては face to face. 自分と相手の息遣いがわかる距離、心臓がバクバク言っているのがお互いに聞こえる距離で話し合うこと。

そういったプロセスの中で、ギフティッドの子が持つボイスは強くなり、勇敢に行動できるようなった時、

彼らは、Helpless(無力感) からHopeful(希望に満ちて)に変わっていくことでしょう。

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