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  • Erin Stallings

ギフティッド教育「Enrichment   – より豊かに」!

子供たちの成長を見ていくのはとてもエキサイティングです。その中でもギフティッドの子どもたちは教育者としてはチャレンジしがいがあるグループです。簡単ではないです。でも、教育者冥利に尽きます。それは、教育者としての経験を豊かにしてくれるほど多種多様な、一筋縄では行かない子供たちだからです。

なので、「Enrichment – より豊かに」!

機会を最大限にチャレンジしていくことで、彼らも機会への捉えたかを学んでいくことでしょう。このグループは常に教育現場で光があたっている子たちではありません。なので、光をあて、なお、彼らが輝いていける道に少しでも目線を向けていけるように一緒に歩むことは、プライスレスです。

ギフティッドの子供たちは、全ての面においてエクストラが必要な子たちです。

エクストラに精神面でのサポート、チャレンジ。エクストラで関わってくれるメンターなどなど、何かとエクストラが必要です。そして、成長過程で、そのエクストラに必要なものがどんどん変わっていきますから、「何が旬か」(この場合は、一番必要としているサポートとチャレンジのこと)です。を見極めていることが必須となります。

そして、最終的には子供たちがどんなYouth時代を過ごすか。思春期、青年期、手を離した先にどんな人たちが周りにいるか。どんな価値を持って生きている人たちがいるか。

その中で、子供たち自身も大切にしていきたい価値を持つようになります。子供時代を満喫できるように。Awakening Excellenceが本人たちができるように。

ギフティッドの子供たちは「At Risk Kids」でもあります。

よくギフティッド&タレンティッドという言葉が使われますが、ギフティドアンダーアチーバーという言葉も知る必要があります。ギフティッドの子供たちは勉強面、社会面、そして、感情面でアンダーアチーブする可能性があり、色々な面で困難があり、その影響は人格形成に影響します。

よく私は「崖っぷちを歩いている子供たち」と説明する時があります。こちらから見ていると上手く道を歩いているように見えて、「一人でも大丈夫」「サポートなしでも大丈夫」と本人たちも思いがちですが、常に向こう側は崖っぷちであり、上手く歩けているようにみえても、何でもないようなものでコケ、一気に総崩れしてしまうリスクを常にはらんでいます。

モチベーションが低い

自己肯定感が低い

学びや学校へのネガティブな態度

リスクを取ることに関して消極的

競争に関して偏った捉え方

持続力がない

ゴールに向けての取り組みをしない

孤立しがち

クラス内ではうるさく、活動を拒否

これらの状態が続いていくと、必要な機会に手をあげられず、必要なサポートも得られず

挑まれないまま進学だけしていきます。また、自分へのイメージ。自分とはどんな人なのかと存在価値を決めていくにも、ネガティブな材料ばかりの経験の上になっていきます。

安心できるコミュニティーで成長する必要性がある

長いお付き合いが必要な子たち。魂と魂のぶつかり合いが必要な子供たち。特に、思春期、青年期、必要な機会とサポートを通して、感情知性を育んでいき、自分の既知と未知を知っていくこと、そこから、自尊心を育んでいくことができ、自分の魅力を探求できる価値観を自分のコアとして身につけていくことが彼らにとって人生の財産になっていきます。

アメリカで働いていた時、“Middle school is a last shot – 中学校が最後のチャンス”とよく先生方と保護者に向けて話していました。私はその後の高校までチャンスは残っていると思っていますが、やはり、中学生あたりの経験はまだまだ魔法が効く時期。彼らが自分の存在価値に目を向け、快適ゾーンの外での自分へのチャレンジへのリスクをまだまだとれる時期です。そして、高校でより大きな機会に手をあげていく上で、クリティカルな時期になります。

どんなチャンスか。それは、成長していく上で、魅力を探求していく上で、人生を旅していく上で必要な価値観、モットー、哲学を「経験を通して学び」、背骨となる感情知性を育んでいくことです。それが、彼ら自身が「自分の背中を自分で押していく」ものとなります。その状態は、Thriving!良い意味で手がつけられない状態になります。

現状、日本では、場合によっては小学校低学年から教育がストップし、そのクリティカルな時期に辿り着かない傾向があると思います。また辿り着いたとしても、騙し騙し進んできた場合では、そのクリティカルな時期に必要な活動ができない状態になっているかもしれません。「教育自体がストップする」「騙し騙しの小中学」という状態になる。そこから、もしかしたら、「ギフティッド」という教育ラベルは、スティグマになるかもしれません。

スティグマは「烙印」「不名誉」など、自分に傷をつけ続けて、背負っていくスティグマになるかもしれません。

ギフティッドと呼ばれていたのに…

ギフティッドと呼ばれていても、他のギフティッドと比べて才能がない。

ギフティッドじゃなければいいのに

ギフティッドと呼ばれても、成績はよくない。

ギフティッドと呼ばれても、成功していない。

まずは、後にも先にもウェルネス。心身ともの健康。

そこにギフティッドの成長していく上で真のニーズがあります。アカデミックや才能だけではありません。彼らは魅力満載の子たちです。旨味が凝縮している子たちです。Awakening Excellenceへ。でも、それは心身ともの健康のもとに達成できるものです。もちろん、これは、生徒だけではなく、家族のウェルネス。

思春期を黄金期へ

魅力!魅力満載。才能というものは、彼らの魅力のほんの一部にしかすぎません。

現社会で、子供たちが表現している魅力に価値がない(日本において評価される才能ではないから)とみたとしても、将来、彼らはその魅力を価値あるものとして、社会で表現し、世界に貢献するものとなります。僕ら大人が魅力を磨いていく。背中を見せる。僕らもまだまだ足を踏み入れていない魅力の領域がたくさんあります。

どんなに灯火が消えたとしてもコミュニティーのエネルギーで再び情熱の火に灯すことができます。どんなに諦めたとしても、コミュニティーのエネルギーで、視線を上げることができます。

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